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コラム

相続における不動産評価05 Dec. 2022

こんにちは。税理士の野中です。

今回は相続対策、特に不動産の評価について説明します。

相続税の計算において、相続により取得した財産の価額はその取得時における時価とされています。それでは、不動産の時価はどのように算定する必要があるのでしょうか。

不動産の時価は売買事例や鑑定評価などの方法が考えられますが、相続税での評価においては、通常は国税庁が定めた財産評価基本通達により評価することになります。これにより画一的な評価が可能となり、相続税の公平性を保っていることになります。

ただし、この画一的な方法で評価することが著しく不適当と認められる場合は、国税庁長官の指示を受けて別の評価方法で評価するとしています(総則6項と呼ばれています)。この総則6項は、過度な相続税の節税に対して適用されるとしております。

それでは、どのようなケースで国税庁が定めた財産評価基本通達による評価によらず、別の方法で評価すべきかについて、これまで不明瞭なところでしたが、令和4年4月19日に最高裁判決が下されて、相続人による財産評価基本通達に従った路線価に基づく財産評価が不適切とされました。

この判決内容は、これまでの不動産評価における相続対策に大きな影響を与えると考えられますので、次回はこの判決内容を説明します。

ハンコの朱肉って?28 Nov. 2022

こんにちは。司法書士の竹野です。

 
今回もハンコについてお話したいと思います。

 

 なぜ朱肉に「肉」の字が使われているのかご存じですか?

 
 諸説ありますが、
 肉に似た色と弾力から朱肉という名前になった、と言われます。

 
赤い色は、神社の鳥居を赤くしているように赤色には魔除けの意味もあるため、古くから赤色は縁起が良い色として使われてたからとも言われています。

 
 別の説では、印鑑が使われる前は、血判が用いられていました。
 血判とはその名の通り、自分の血を使って拇印を押すことです。

 
 ですが判を押すたびに血を流すわけにはいかず、代わりに疑似血液を使うようになりました。それが朱肉の始まりだといわれています。
 自分の肉体を切って判を捺していたので、「肉」という字をあてるようになった、というわけです。

 
 いや~色々ありますね。

 

次回も、ハンコについてのお話をしたいと思います。(その31に続きます)

ある一つの相続の物語④21 Nov. 2022

私が通っていた幼稚園は、仏教系の学校の附属の幼稚園であった。仏式の儀式があったことは覚えているが、定かではない。
なぜ、両親が私をその幼稚園に通わせたのかは、今となってはわからないが、幼稚園のホームページを見ると、そうそうたる小学校への進学実績が記載されているから、その後の進路を考えてということはあったであろう。なお、私が通った小学校の名前はそこに書いていない。

幼稚園に通っていたとき、少し離れたところにあった幼稚園には、母が自転車の後ろに乗せて連れて行っていた。
現在、子どもを幼稚園に通わせている私としては、どのような交通手段で幼稚園に通うかというのは、相当程度重要な問題である。家の前まで幼稚園バスが来てくれれば別であるが、そうでない限り、必ず毎日送迎が必要になるからである。

母は元々看護師であったが、私が幼稚園に通う歳になると専業主婦をしており、子どもの養育に関してはほぼ一手に引き受けていた。
日本の専業主婦世帯は、私が3歳の頃には、共働き世帯の約2倍程度存在した。専業主婦世帯は減少傾向にあり、共働き世帯は増加傾向にあって、平成3年ころには、世帯数としてはほぼ同数となり、平成8年以後は、共働き世帯の方が多く、平成26年には、2倍とまではいかないものの、共働き世帯数が専業主婦世帯数を大きく上回っている。
そのような意味では、当時の子育て世代の就労状況は、現在とかなり異なるように思える。まあ、幼児であった私にとってはとくに実感はないのであるが。

ともあれ、専業主婦であるがためか、そのために専業主婦となったのか、教育熱心である母親と子の関係が、その後の私の人生を大きく左右していることになるのである。

ハンコって?17 Nov. 2022

こんにちは。司法書士の竹野です。
横道にそれて、ハンコについてお話したいと思います。

 

「はんこ文化」とは、日本固有のものなのでしょうか?

 
 実は、紀元前のメソポタミア文明でも、はんこに似たツールが存在していたと伝えられています。

 
 石や貝殻や骨、粘土や金属などを素材として、そこに絵や文字を刻み、粘土や布などに捺印。これによって「自己所有物」の証としていた文化があったそうです。

 
 また、この「はんこ」自身が魔除けの意味も持ち、お守りのように捉えられていた側面もあったとも伝えられています。

 
 また中国においても、今から4,000年も前の「夏」「殷」「周」の古代王朝時代から、はんこ文化が存在し、引き続き「秦」「漢」の時代にも盛んに活用されていたようです。

 
 「印肉」が発明された以後は、さらに利便性が向上しました。
 それでは、日本においては一体いつ頃から「はんこ」が使われ始めたのでしょうか?

 
 歴史好きの人ならば、日本における古い印章といえば福岡の志賀島で発見された「漢委奴国王」の金印を思い浮かべるかもしれません。
また、中国の歴史書「魏志」においても、「親魏倭王」印(西暦240年)の記載があると言われています。

 
 これらの史料から、大和王権成立以前から既に印章が存在していたことが伺えます。

 
 しかしこの当時の印章とは、王位の地位・権威の象徴を目的とした「宝物」のような意義を持っていたようです。    参考文献 印章教科書(公益財団法人 全日本印章業協会)

 

 次回も、ハンコについてのお話をしたいと思います。(その30に続きます)

ある一つの相続の物語③14 Nov. 2022

よもや、この話をすることになろうとは思わなかった。

私の人生の最初のはっきりとした記憶は葬式である。
幼稚園に通っていた私は、同級生の女の子の葬式に参列していた。その子は小児ガンであった。名前も覚えている。
しかし、その記憶に感情は伴っていない。死を理解するには、私は幼すぎたのであろう。

人の葬儀に参列すると、そのときの光景が蘇ってくる。その記憶は、私が彼女から受け取った重要なきっかけとも言える。

相続というのは、法律の力によって発生するものである。それがゆえに、人の意思にかかわらずとも、亡くなった人の財産は相続人に受け継がれていく。
しかし、人の死が周囲に与えるものは、相続だけではない。むしろ、温もり、優しさ、言葉、思い、表情などが記憶となって引き継がれていく。亡くなった人の存在を引き受けることとも言えるであろう。残された人の悲しみはその裏返しである。

相続という観点からいえば、幼い彼女の死はあまり意味をなさないことであろう。しかし、彼女の存在、彼女が生きた生は確実に私に引き継がれている。私が相続に関わる仕事をしているのもその影響なのであろう。

私たちが自分にも必ず来るであろう死を契機として発生する相続について考えるとき、必ず、相続以外のものを考える必要がある。死の本質は相続の発生ではないが、だからこそ、自分の相続について私たちは生前に考えるべきなのである。それは私たちが他の人の存在を引き受けるために、である。